MAXQDAによるマルチメディア研究 – 中世の身体鍛錬

MAXQDA Blog 翻訳版

Monday, December 20, 2021

過去10年間、歴史学はいわゆるマテリアル・ターンと呼ばれる方法論を受け入れてきました(Clever & Ruberg, 2014)。これにより、過去の体現された慣習や人間があらゆる物質をいじくり回すことに関心を持つようになりました。この関心の分派の一つが、「職人の歴史」(Smith, Meyers, & Cook, 2014)、すなわち物語的な資料よりも参照的な資料に焦点を当てた歴史研究の台頭です。歴史学者Kalle Pihlainen(2019)が説明するように、文学フィクションを含む物語は参照資料とは異なり、物質世界から独立して意図された目的を果たします。読者が没頭している限り、不信を抱かずにドラゴンや妖精のいる想像上の世界を自由に楽しむことができます。 一方、参照資料は、読者に物語の外の物質世界を「参照」させます。つまり、読者が経験する物理的環境で起こっている因果関係について主張します。例えるなら、中世の年代記は読者をテキスト内の想像の世界に誘うので物語的ですが、同時代の料理レシピは、読者がある指示に従うことでテキストの外の物質的環境において予測可能な効果を生み出すと主張している参照テキストです。参照テキストは物理的な世界で試したりテストしたりできます。Pihlainenの言葉を引用しましょう。”この「物質性」を読み解かなければ–読者がコミュニケーションの一部として現実を意識しなければ–参照資料は単にジャンルとして意味をなさないだろう” (2019, p.72) 。

私は自身の研究において、独特の種類の参照テキスト、いわゆる「闘書」(Jaquet, Verelst, & Dawson, 2016)に着目しています。これらのテキストは、中世後期に様々な武術の専門知識を主張する人々によって書かれ、少なくともいくつかのケースでは、これらの実践の体現された知識を文章として残そうとしています。そこには、人工物だけでなく物理法則や人体の機能を含む因果関係への言及が日常的に行われていました。そのため、読むだけではその認識内容を完全に引き出すことは不可能に近く、その深い内容に到達するためには、物理法則と身体が必要です。以前の投稿では、コーパスに基づく言語学的研究のようなテキスト分析手法が、これらの資料への具体的なアプローチを可能にする重要な洞察を得る方法を説明しました。ここではさらに一歩進んで、参照テキストとその実地調査の試みとの間をつなぐ会話を、MAXQDAがどのように促進し豊かにできるかを例として挙げたいと思います。つまり、テキストとビジュアル(画像や動画)を同時に分析するために、 私が今このソフトウェアをどのように使っているかを紹介するつもりです。

テキストとビデオをつなげる

私の研究デザインは、実のところ非常にシンプルです。主に14~15世紀のドイツで書かれた、匿名の武道家による闘書を研究対象としています。この本は参照テキストとして分類され、さまざまな行動から戦闘中に生じる効果について多くの主張が含まれています。これらの主張を実地実験のガイドラインとして使用しています。簡単に言うと、私は共同研究者とともに、この格闘本に書かれていることを実践してみるのです。これらの実験は、毎日更新されるフィールドジャーナルという形で文章化され、ビデオ録画という形で視覚的に記録されます。二次史料、つまり私の研究に関連する他のテキスト、例えば中世の体調管理に関する書物(スマートウォッチはなかったかもしれませんが、中世にはフィットネスが確実に存在していました!)についても同じ手順を踏んでいます。

これらから、1)歴史的な文章や画像、2)フィールド調査日誌、3)ビデオ記録、といった分析が必要な文書ができあがります。実用上の理由ですべての実験を録画しているわけではなく、多くの場合は関連する観察を調査日誌に書き留める前後にビデオを作成しています。時には、長い時間をかけて行われたいくつかの実験が、一つの観察につながることもあります。さらに日誌には、歴史的な資料の特定の断片と、記録された実験の特定の瞬間を同時に参照することが日常的にあります。このようなつながりを手作業で追跡することは、私のような一匹狼の博士号候補者は言うまでもなく、学部生のチームだったとしても気が遠くなる作業でしょう。幸いなことに、MAXQDAはこの問題に取り組む上で非常に役に立ちました。私の文書の3つのカテゴリーをすべて一つのプロジェクトでコーディングすることで、同じ題材(例えば、選択した身体運動のテクニック)を扱っているすべての資料、日誌、ビデオを簡単に取得できます(図1、図2)。

図1: 一つのプロジェクトでビデオとテキストを一緒にコーディングすることで、中世後期の身体運動に関するテキストや図像の資料、およびその現代的な再構成の録画に簡単にアクセス。
図2: 一つの事象(私の場合は中世後期の演習)に関する複数のカテゴリーの情報源を扱う際に、アクティブ化した文書のコード付きセグメントを表示するという基本的な機能だけでも非常に便利。MAXQDA の[コード付きセグメント]ウィンドウにおいて、「プレビュー」列には、文書が文字である場合には本文のテキストが、そうでない場合には<image>や<video>といったメディアのタイプが表示される(右下の赤い四角を参照してください)。この方法なら、手作業でさまざまなフォルダを参照したり複雑なファイル名のスキームを作ったりする必要がなくなり、調査した演習の説明、描写、再現の間の互換性のチェックが非常にスムーズに。

余談ですが、このプロジェクトでは、PDFをテキスト(OCRを通した場合)または画像としてマークできるというシンプルな機能も役立ちました。OCRでは古い文字を正しく認識するのが難しいため、この機能は多くの研究者にとってありがたいものでした。このような場合、画像としてコーディングする方がはるかに効率的で、読みやすいプレビューが得られます(図2)。一方、テキストとしてコーディングすると、ちんぷんかんぷんな文章が表示されます(図3)。

図3: 古い書体で書かれたテキストを含むPDFファイルの多くは、そのコンテンツをテキスト(上)と画像(下)の両方としてコーディングできる。しかし、このような場合、後者の方法が適してる。テキストとしてコーディングすると、OCR技術が非現代的なフォントをうまく処理できないため、取得したセグメントのウィンドウ(中央)で判読不能なプレビューが表示されることが多い。

マルチモーダルな視点による分析の微調整

中世後期の身体鍛錬を調査するために、私はボトムアップ的なアプローチを試みています。そのため、歴史的な資料の中に残っている運動感覚的な細部と現代の再現実験によって明らかになった細部に、細心の注意を払うことを余儀なくされています。この点で、質的コーディングは非常に役に立ちました。なぜなら、それ自体が認識論的プロセスだからです。コードを割り当てるには、綿密な読解(テキスト)と視聴(ビデオ、画像)が必要であり、その結果、通常なら気づかないような詳細や関連性を発見することができます。

例えば、中世後期に行われた「 棒投げ(Stangenschieben)」と呼ばれる運動について考えてみよう。この運動は、歴史的な記述や描写が曖昧で、どのように行われたかを知る手がかりはほとんどありません。唯一確かなことは、肩に乗せた細長い円錐形の棒(鉄または木)をできるだけ遠くに投げること(図2左上)、投げる人から棒の幅が広い方の端が着地した地点までの距離を計算するということくらいでした。また、体力が必要な競技であることも説明されていました。実際にやってみると、上記の歴史的指針に沿いつつ、最も長い距離を出せる投げ方が2つあることがわかりました。実地調査ではどちらの投げ方が歴史的な演技に近いのか判断がつきませんでしたが、フィールド調査日誌、史料、映像資料を組み合わせて分析を進めることで、重要な知見が得られました。

再現されたエクササイズのビデオを、運動が下降軌道(例:スクワット)か上昇軌道(例:ジャンプ)かなど、基本的な運動感覚的要素を記述するラベルのシステムでコード化しました。一つは手で力強く上向きに動かし (Upwardにコード)飛ぶ途中で棒が「反転」し (Stangenschieben/Flipにコード)、細い方の端がより遠くに着地しました (図 4)。 手で前方に押すと(Forward pushにコード)、棒が矢や槍なげのように飛んで(Stangenschieben/Straightにコード)、太い方の端が投げ手から遠くに着地しました(図5)。

図4: 棒投げ運動の実験的再現。最終段階で腕を高く上げ、投げられた物体を反転させる運動バリエーション(したがって、Upward Flipにコード)。
図5: 棒投げ運動の実験的再現。最終段階で腕を前方に押し出し、投げた物体を投げ手の前方にまっすぐ投影する運動のバリエーション(したがって、Forward pushStraightとコード)。

さらに調べるために、Stangenschiebenというコードを右クリックし[このコードを含む文書をアクティブ化する]機能を使いました。次に、[複雑なコーディングクエリ]を実行し、アクティブ化された文書内で、運動のバリエーションに関連するコードUpwardForward push、Flipまたは、Straightのいずれかを含むセグメントを検索しました(図6)。この検索では、主にビデオ録画のタイムスタンプが検索されましたが、調査日誌からのエントリも1件検索されています。そこでは、2つの投げ方のうち、ストレート(Straight)の方がフリップ(Flip)よりもはるかに激しい運動だと実験中に認識したことが確認できました。後者では「運動の最終段階は棒を押したり加速したりせず、自身の重心を中心に回転させるだけ」(日誌からの抜粋を翻訳)。歴史的な資料では、棒投げは強化運動であるとされていることから、ストレートのバリエーションがより正しいことを示唆しているのでしょう。

図6: 複雑なコーディングクエリは、左上の[ファンクション]メニューでさまざまなコードの組み合わせを検索するためのオプションを提供する多目的なツール。異なるメディア(テキスト、画像、ビデオ)、長い期間(12ヶ月)、大量のデータ(数時間のビデオ録画、いくつかの歴史的テキスト、160ページのフィールドジャーナル)にまたがる私のプロジェクトにこのツールが非常に役に立つと感じた。

重層的な相互関係を明らかにする

前節で述べたような観察から、私はデータをさらに詳しく調べてみることにした。探索的な動きとして、再び複雑なコーディングクエリを実行しました。今度は対象をすべての文書に拡張し、Forward pushSuccessfulのコードの交差を求めました。この二つのコードを選んだのは、歴史的資料、調査日誌、ビデオ資料の中で、より正しいと思われる棒投げのバリエーションに含まれるForward Push(前への押し出し)を効果的に使う他のエクササイズや武術があるかを調べたいと思ったためです。その結果、投擲動作(例:石を使った砲丸投げ、歴史的にはSteinwerffenと呼ばれた)やレスリングの動きなど、さまざまな結果が得られました。よくよく調べてみると、そのほとんどが片腕で行うものであり、残念ながら私が撮影した棒投げのビデオに見られる両手で押し出す動作とは大きく異なっていました(図4、図5)。しかし、ある一つの動作、剣術の技法で、Schiessen(「射撃」)として知られているものは違いました。これは、両手剣のために設計された必須動作の一つであり、また、棒投げのストレートバリエーション(図7)と重要な運動感覚を共有するものでした。さらに重要なことは、失敗と判定されたSchiessenの記録と成功と判定された記録との間で体さばきに関して一貫して繰り返される唯一の違いは、前方への押し出しの有無であったということです。

したがって、史料によれば棒投げという運動が、中世後期の騎士や軍人の身体調整のために考案されたことを考慮すれば、その運動感覚と剣術の重要な技術であるSchiessenとの親和性は、偶然のものではないだろうと思われます。このことは、棒投げが武術のパフォーマンスを向上させるための非常に機能的なエクササイズであったということを物語っています。また、Schiessenの成功は、私がForward pushとしてコード化した動作に決定的に依存していると思われるので、棒投げの同様の動作であるストレートバージョンが、この運動の正しい再構成であることを裏付けています。

おわりに

このように、MAXQDA は歴史学者にとっても、さまざまなメディアを組み合わせて研究するためのパワフルなツールです。例えば、ビデオから静止画やコード化したセグメントをキャプチャして、それを別個のプロジェクト文書に変換し、JPEG、PNG、またはムービークリップとしてエクスポートすることができます(この文章の図表を私がどうやって作ったか想像してみてください!)。中世後期の書物を読むために現代のビデオ録画を使っている研究者としての私の観点から言えば、MAXQDA の主な強みは、分析を素早く行うだけでなく、分析を深めることもできるという点にあります。複雑なコーディングクエリや、ビデオのセグメントをコーディングして検索済ウィンドウで参照できる機能などの分析ツールがなければ、上に述べたような洞察を得ることは不可能に近かったでしょう。

図7. Stangenschieben(棒投げ)運動の実験的再現(左)と、歴史的なフェンシング競技会での実際にSchiessenを実行した時(右)で、Forward pushとしてコード化された運動を比較したビデオ文書の静止画フレーム。両者とも最終的な腕の位置は同じで、胴体は前傾しているがまっすぐであることに注目。

BIBLIOGRAPHY

Clever, I., & Ruberg, W. (2014). Beyond cultural history? The material turn, praxiography, and body history. Humanities3(4), 546–566. https://doi.org/10.3390/h3040546

Jaquet, D., Verelst, K., & Dawson, T. (eds.) (2016). Late Medieval and Early Modern Fight Books. Leiden-Boston: Brill.

Pihlainen, K. (2019). The Possibilities of ‘Materiality’ in Writing and Reading History. História da Historiografia: International Journal of Theory and History of Historiography12(31), 47–81. https://doi.org/10.15848/hh.v12i31.1527

About the Author

Maciej Talaga is a PhD candidate within the interdisciplinary post-graduate course “Nature Culture” at the Faculty “Artes Liberales” (University of Warsaw) and a member of the European Committee for Sport History (CESH) and the Society for Historical European Martial Arts Studies (SHEMAS). He investigates late-medieval and early-modern European martial culture and works to develop a praxiographic and embodied methodology for his research. He is also interested in applying computer-assisted qualitative analyses into his practice as an archaeologist-historian. You can learn more about the programme he is involved in here: Nature-Culture Programme


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